兄貴とオムライス
喫茶店の窓ぎわ、外の景色をながめながらボケっとする。贅沢な時間だなぁと思う。
交差点に面する2階の席だから、人も車もよく見える。向かいが公園だから見晴らしもいい。公園の木を見る限り、さっきまで吹き荒れてた風は少しおさまったみたいだ。
なんとなく、狙撃されたらひとたまりもないなって考えが頭をよぎるけど、狙撃はされないからたぶん大丈夫。
さっきまで兄貴と会ってた。アニキのような人、という意味ではなく本物の兄貴。実兄。
実家暮らしの兄貴と実家以外で会うのは久しぶりだった。っていうか実家以外でわざわざ会うことなんて今まであったっけって感じ。
仲が悪いわけじゃないけど、世の中の他の兄弟もそんな感じなんじゃないかな。兄弟で外で遊んだりはあんまりしない。少なくともうちはそう。
だから、外で会うのは珍しいことなんだけど、今日は思うところがあってぼくが呼び出した。
実家とぼくの家の真ん中くらいの駅で落ち合ってお昼ご飯を食べた。
グルメな兄貴が探してくれたちょっといい洋食屋さん。2人でオムライスを食べた。
きれいに焼かれた卵にくるまれてて、今まで食べたオムライスの中で一番きれいな見た目だったかもしれない。さすがはちょっといい洋食屋さんだ。
舌バカなぼくはこまかい味の違いは分からないけど、おいしいオムライスだった。
わざわざ呼び出した理由はカミングアウトだった。
と言っても兄貴にじゃない。兄貴には10年くらい前にカミングアウトしている。そろそろ両親にも、ぼくがゲイだって言いたいと思ってた。
カミングアウトする前に、兄貴には先に謝っておきたかった。ぼくが両親にカミングアウトすることで、実家暮らしの兄貴に何かしら火の粉が飛ぶかもしれないから。
もしかしなくても、ぼくがゲイだってことは、両親にとってかなり強いストレスかもしれない。精神的に不安定になるかもしれない。
そうなったら、兄貴には迷惑もかけるかもしれないし、場合によってはフォローをしてもらうかもしれない。
だから本当ならオムライス代はぼくが払うべきだったんだけど、結局割り勘にしてしまった。
両親に話そうかと思ってることを言ったら、「時期的にもいいんじゃないかな」って言ってくれた。そのせいで被害が及んだらごめんと伝えたら、「俺は大丈夫」って言ってた。
今回のは宣言みたいなもので、もしも否定されたとしてもカミングアウトする方針は変えないつもりだったけど、やっぱり肯定してもらえるとありがたい。心強い。
よし。これで、あとはぼくが逃げずに言うだけだ。
コロナの状況にもよるけど、夏の間に一回帰省して、その時に勝負したい。どんな結果になるかは分からないけど。
カミングアウトの話し以外にもいろんな話をした。兄貴の彼女の話、ぼくの彼氏の話、おすすめの本の話、両親の老後の話、他の兄弟の話、小さかった頃の話。
改まって2人で話すことも今までなかったから、正直楽しかった。
もしもお互いが死んだ時の話もした。人間いつ死ぬか分からない。生きているうちにこういう話をしとくのはとても大事だと思う。
兄貴はパソコンの中身を見ないで処分して欲しがっていて、ぼくは自分が死んだ後の家の片付けを兄弟にしてもらいたい。
こういう話はとても大事だ。
冷蔵庫に貼った雄っぽいイラスト達や、本棚のAVや、堂々と置いてあるローションなんかがある部屋を親に見せる訳にはいかない。
頼んだぜ、兄貴。俺もちゃんとやるから。
これでもしもの時も大丈夫。狙撃されてもきっと大丈夫。
メニューを立てるところにおいしそうなケーキが書かれてたら、まんまと頼んじゃうよね。
トマトジュースとチーズケーキって言う、お腹の中でカプレーゼができそうな組み合わせになっちゃったけど。